10月中旬から、一部海外メディアによって報じられ始め、11月初めには 日本語による報道も出始めた「チリのフンボルトペンギン」に関係する動きにつ いて、考えてみたいと思います。

チリのほぼ中央部、南緯29度付近の沿岸には、フンボルト群島と呼ばれる8つの 島が点在しています。フンボルト群島には、絶滅が心配されているフンボルトペ ンギンをはじめ、アシカやクジラなど多くの貴重な野生動物が生息しており、8 島のうち3島はチリ政府から国立自然保護区に指定されています。

例えば、フンボルトペンギンについて見ると、チャナラル島、ダマス島、チョロ ス島、チュングンゴ島、ティルゴ島、パハロス島には、26,000羽ほどの繁殖個体 がいると言われています。専門家によって多少推計値が異なりますが、現在、チ リとペルーには総計およそ40,000羽前後のフンボルトペンギンの成鳥がいると考 えられています。従って、フンボルト群島にはフンボルトペンギン全体の70%弱 の成鳥が集中していることになります。一部外国報道では「フンボルトペンギン の80%がいる」と伝えられていますが、それは少し大き過ぎる推計値だと思われ ます。

とはいえ、このフンボルト群島は「世界で最も重要なフンボルトペンギンの繁殖 地」だという事実に間違いはありません。

さて、このフンボルト群島から30キロメートルほど離れたチリの太平洋岸で、巨 大な露天掘り鉱山=ドミンガ鉱山の開発プロジェクトが進められているのです。 鉄鉱石を中心に、チリ特産の銅鉱石を含めた鉱物資源を、2ヵ所同時に開発しよ うというわけです。現存するラ・ヒグエラという町の近くに、鉱石の積出港を新 たに建設する計画も進行中。主体となっているチリの開発企業「Andes Iron」に よれば、開発費は総額25億ドル(約2,800億円)、建設事業では9,800人、開業後は 1,400人の新たな雇用を創出できると主張しているようです。

しかし、各種報道によれば、この地域の環境に詳しい研究者も、地元プンタ・ デ・チョロスの住民の多くも、この鉱山開発プロジェクト=「ドミンガ・プロ ジェクト」には納得できていないようです。地元の漁師(三代目)で、潜水漁をし ているエリアス・バレーラさん(26)も、「私たちが持つ豊かさは物質的なもので はなく、島々の間を自由に行き来できることにあるのだと思います。・・ドミン ガプロジェクトは、先祖代々伝わる私たちの文化、先住民チャンゴ(Chango)の文 化を破壊するものです。この地域で1万年にわたって環境と調和し、持続可能な 形で生き残ってきた文化をです」・・と訴えています。

もし、このまま開発プロジェクトが進めば、確かに多くの雇用が創出され、チリ 経済の新たな収入源が増え、鉄鉱石や銅鉱石を渇望している経済大国から歓迎さ れるに違いありません。しかし、バレーラさんが懸念する「伝統文化の破壊」だ けでなく、以下(1~3)のような危険=リスクも大幅に増大する可能性があります。

1、鉱山開発によって大量に排出される鉱山排水の問題。水質・海洋汚染の原因 となります。

2、沿岸部での大規模な鉱石積出港建設による海洋汚染、沿岸流の変化による生 態系への影響。1による海洋汚染と重なれば、希少な海洋生物だけでなく、地元 漁民の漁業権を侵害することになります。

3、鉱石運搬船や各種資材運搬船の航行が急増することによって「重油流出事 故」、「油不法投棄」発生の危険性が増大すること。これは、漁業で生計を立て ている人々にとっては致命的な打撃となります。さらに、フンボルトペンギンの 主要な繁殖地付近での重大事故は、種の存続に関わる大きなリスクとなります。

実は、2023年にはチリで「第11回国際ペンギン会議」が開催される予定です。そ の時、この「ドミンガプロジェクト」がどうなっているのか?今後の展開によっ ては、ひょっとすると、世界的な注目を集めるトピックになっているかもしれま せん。また、大きな動きがありましたら、ご報告して参ります。

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