テレビ番組制作スタッフから問い合わせ
アデリーペンギン
回答は「No(アデリーペンギンが最も攻撃的なペンギンだという科学的根拠はない)」ですが、「ペンギン大学」事務局では、言葉での説明だけでなくYouTube上にアップされているアデリー以外のペンギンの「闘争動画例」を紹介しながら対応しました。
実際にオンエアされた内容
しかし、実際にオンエアされた内容は、概略、◆「」内のようなものでした。
◆「VTRでは「カモメに襲われるエンペラーのヒナをペンギン界の番長アデリーが守る」という感じに編集されていました。以下(1~9)のように、別々に撮影された映像素材を切り取り、ストーリーに合わせて並べたものです。
- 南極大陸のエンペラーのヒナには、天敵オオフルマカモメがいる旨の紹介
- エンペラーのヒナ9羽の群れをカモメが襲撃、1羽を引きずり出すシーン
- アデリー1羽が歩いているスロー映像(堂々と近づいてくる暴れん坊の雰囲気をBGMとともに演出)
- エンペラーのヒナ17羽以上の前にアデリー1羽がいる別のシーン(カモメ不在、ヒナが一気に増え、天気も異なる)
- アデリーがエンペラーのヒナたちとカモメの間に割って入るシーン(カモメを攻撃する雰囲気は見られず、通常の好奇心?)
- 別の時期・場所でアデリーがトウゾクカモメと格闘しているシーンから
「ペンギンでは一番攻撃性があると言われる ※諸説あり」「ペンギン界の番長」と紹介 - アデリーがエンペラーのヒナたちとカモメの間にいるシーンに戻る(最後までアデリーとオオフルマカモメが争うシーンなし)
- カモメが遠ざかる方向に飛んでいるシーン(飛び立つ瞬間なし)
- アデリーがエンペラーのヒナたちの後をついて歩くシーン(護衛して親元へ送るイメージ)
実は、上田自身は、この「録画動画」を直接観たわけではありません。しかし、「ペンギン大学」スタッフは、実はテレビ業界の関係者で、その「シーン展開」に関する報告は的確だと信じます。
ストーリーが決められている
さて、このケースの「最大の問題点」はなんでしょうか?皆様、既にお気づきだと思います。・・・そう、「最初にストーリーが決められていて事実があとから組み立てられ(捏造され)てしまう」という点です。まず「アデリーペンギンは最も攻撃的で乱暴だから『ペンギン番長』役」を振り当てられます。「か弱くかわいそうなエンペラーのヒナたち」を「悪いカモメたち」が襲い、その魔の手を払い退けるのがアデリー・・・というわけです。
最近、SNS上には膨大な量の「ペンギン動画」が溢れています。その中から、自分のストーリーに合うものを選んで編集すれば、瞬く間に「お気に入り」のシーンが出来上がるわけです。
また、「ペンギン大学」に「アデリーペンギンが最も攻撃的なペンギンか否か?」問い合わせてきた「当該番組のスタッフ」とは、メールでやりとりがありましたので、番組放送後、以上の点について指摘しました。さらに、実際には番組の中で「諸説あり」のテロップがつけられていたようです。最低限のエクスキューズは示されたわけですね。
「番組のつくり手」と「視聴者」双方が理解しておきたいこと
最近、特に「COVID-19」による様々な規制が蔓延し、しかも番組制作費削減が進むという状況に、放送業界全体が苦しんでいます。同時に、クイズ、バラエティー、「かわいい動物」番組が花盛りで、「野生動物に関する本格的科学番組」は苦境に立たされています。SNS上から「使えそうな動画」を切り貼りして楽しいフィクションを創造することは可能です。ただ、「何が事実でどこからがフィクションなのか?」制作者(作り手)サイドは、はっきり示す義務があると考えています。同時に、視聴者(受け手)サイドには、「捏造された生態や状況」を看破する見識や観察眼が求められる時代になっているのです。
ちなみに、今回の一連のシーンは、「南極の夏のはじめ頃」に起きる可能性があります。冬に繁殖したエンペラーペンギンのヒナたちが成長し、近くで子育てを始めたトウゾクカモメやオオフルマカモメがヒナを襲います。夏の繁殖期のため営巣地に戻ってきたアデリーペンギンのオスたちは、好奇心旺盛で活発ですから、エンペラーペンギンをからかったり、カモメたちを追いかけたりするのです。これを「アデリーペンギンの利他的行動」とみるか「単なる遊び」とみるかは、その状況によって様々でしょう。しかし、「アデリーが特に攻撃的だ」と断定する証拠にはなりません。一般に、アデリー以外のペンギンたちも、特に繁殖期には「縄張り意識」が強くなり、巣材や巣場所、パートナー獲得のための争いが増えますから、攻撃的になりがちです。
・・・というわけで、今後も番組制作者の皆様には、楽しく有意義で科学的な「ペンギン番組」づくりをお願い申し上げます。また、これを楽しむ視聴者の皆様も、1つ1つのシーンや表現にご注目いただければ幸いです。