まず、「環境」という用語の定義に、十分な留意が必要です。原典では「Ambient Environment」とありますから、正確には「周辺環境」という意味。単なる「Environment」では、野生環境(生息域内環境)という意味になりますから、ここでは「飼育に適切な環境条件」と理解すべきでしょう。また、原典では、温度=ペンギンの体温、気温(飼育施設の屋内・野外での気温)、水温(プールの水温)、湿度、照明、水質、空気(特に飼育施設内の空調)、音と騒音を考察の対象としています。これらのファクターの選択は、全体的に北米大陸の飼育施設の特徴を反映しているということを念頭におく必要があるでしょう。屋内展示の場合、その施設がどのような風土に立地しているのかについては、あまり問題になりません。全てのファクターを人工的にコントロールできるからです。しかし、屋外展示の場合は、施設の立地条件が、細かい飼育環境を決定し、設定する要件となります。例えば、その地の平均気温、平均湿度、風向、降水量、日照時間等の周年変化(年周性)や、そこに生息する野生動植物(特に有毒なもの、ペンギンを捕食する可能性があるもの)への十分な配慮が必要です。従って、原典に記された各種のデータ(展示室内の最適気温、プールの最適水温、プールの最適水質)は、あくまでも北米での平均的な数値だと理解した方が良いでしょう。

例えば、「屋外展示」が標準的なケープ、マゼラン、フンボルト、フェアリー(コガタ)の「最適気温」が「4.5℃~26.5℃」とありますが、これは、日本の標準的な飼育経験からすると低く過ぎる数値です。また、これら「温帯に生息するペンギン」達の実際の生息環境における詳細なデータが、十分考慮されていない可能性もあります。筆者が各々の生息地で実際に計測した記録や、現地の研究者から聴取した記録によれば、上記4種の生息地における最高気温は、各々以下の通りです。

  1. フェアリーペンギン : 38.5℃(オーストラリア)
  2. ケープペンギン : 34.8℃(ボールダーズビーチ)
  3. マゼランペンギン : 33.8℃(プンタ・トンボ)
  4. フンボルトペンギン : 43.8℃(ペルー)

確かに、生息地における湿度に関する詳細なデータはありません。しかし、一般的には、ペンギンの生息域内の湿度環境は極めて低いというのが、野生地を知る専門家の基本的共通認識です。原典では、「高温多湿の環境」が、アスペルギルス感染を助長するという点、またマラリアを媒介する蚊の繁殖にも適しているという点が指摘されています。しかし、アスペルギルスの発症は、必ずしも「高温多湿」な環境だけでなく、運動不足や狭く多湿な室内環境、あるいは空調設備の不備等でも多発する傾向が知られています。これらのファクターについては、今後の具体的データの蓄積と、総合的な分析・評価が急がれると考えます。

水質、空調についても、いくつかの具体的データが示されています。一方で、それらの数値や条件をどのような方法で安定的、かつイニシャルコスト面、ランニングコスト面で効率的に実現し維持していくのかについては、具体的に明示されていません。公的なマニュアルでは難しいのかも知れませんが、これらの要件を整備するために最適な機材、薬剤等についても、具体的事例を収集する必要があるでしょう。

最後に、「音と騒音」について触れられている点は、極めて重要です。「音」については、「順馴・コントロール」の視点からはポジティブな要素として考察・利用できます。しかし、「騒音」については、なにをもって「騒音」とするのか、つまりペンギンにとってどのような「音や振動」がストレス因子となるのか、さらに詳しく具体的な事例やデータを収集し、明示する必要があるでしょう。筆者の経験では、爆発音、重低音、継続的・断続的微振動は、ペンギンにとってかなり深刻なストレス因子となると考えています。例えば、ヘリコプター、ジェットエンジン、大型機械などの爆音、太鼓(特に和太鼓)、巨大スピーカーによる低音、削岩機、コンプレッサー音などは、甚だしいストレスをひきおこす可能性がありますので、要注意です。

【ペンギン大学 学長 上田一生

環境 Ambient Environment

上記よりPDFにてご覧ください。

ペンギンの体温は37.8~38.9℃である。赤道から極地にまで生息しているが、比較的水温が低い海で見られる。寒い地域では羽軸が空洞の綿羽の重なりや厚い脂肪により、寒さを遮断している。温帯地域のペンギンは極地のペンギンより脂肪が薄く、頭部やフリッパーの羽毛も少ない。羽毛を逆立て皮膚を露出する、足を影で覆う、フリッパーをからだから離す、開口した呼吸、穴に留まることにより、暑さから逃れている。

気温、水温、湿度、照明、水質、空気、音と騒音に関する注意事項

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