生きもの、特に動物の輸送は、おおげさに言えば「人類史的課題」です。日本人にはあまり馴染みがない生活ですが、動物とともに移動しながら巨大な帝国や文明圏を築き上げた人々もいます。「遊牧」、「移牧」、「牛追い」は言うまでもなく、家畜や野生動物をいかに効率よく運ぶ、あるいは移動させるか?…というテーマは、1つの文化を形成し、多くの国々や民族の盛衰に関わってきたのです。

モンゴル帝国の発展は、大量のウマとヒツジ(場合にによってはラクダも含む)をどのように維持・飼養・利用しつつ、巨大なユーラシア大陸を支配していくかというせめぎあいでした。新大陸(アメリカ大陸)のヨーロッパ人による「発見」と移住は、新たな生物圏にもともと存在しなかったウマやウシやヒツジなど、多数の外来動物やそれらを支える餌生物(外来動植物・昆虫)を、いかに大量かつ効率的に輸送するか?…という一大輸送プロジェクトだったのです。これらにくらべるとぐっと地味ですが…、世界の海洋に分布する島々にヤギ、ウサギ、ネズミ、イヌ、ネコなどが拡散し、固有の生態系を破壊したり新たな生物圏を構成したりしたのも、人間の輸送技術の発達の結果でした。東アジアの小さな島国に、様々な外来動植物が流入し、個性的な日本文化の一翼を担ったのは、私たちにも理解しやすい一例でしょう。

一方、「動物の輸送」というと、飼育下特有の技術や課題、家畜などのいわゆる「経済動物」だけの問題だと誤解される傾向があります。特に「飼育マニュアル」の中でこのテーマが語られる場合は、「動物園や水族館」とそれに関わる特別な業界(例えばいわゆる「動物商業界)だけの課題だと思われてしまいがちです。そうではないのです。特に近年、「野生動物の保全や救護」において、「生きている動物の輸送」が極めて重要な意味をもつようになってきました。ペンギンに関して言えば、「トレジャー号事件(2000年南アフリカで発生した重油流出事故によるケープペンギンの大規模な救護活動)」の際、30000羽のケープペンギンが重油汚染地域(海域)から人為的に「輸送」され、安全な地域(海域)でリリースされて無事本来の繁殖地に戻って汚染を回避できた…という世界的に有名な事例があります。また、アメリカ国内では、巨大ハリケーンの進路にある飼育施設から安全なほかの飼育施設へと、一時的にケープペンギンが「輸送されて避難した」という事例もあります。

つまり、この「輸送」の項目には、「飼育下」・「野生」を問わず、これまでの様々な経験(特に失敗例)からの反省と工夫とが山ほど詰めこまれ凝縮されているのです。その実例は、さりげなく使われている「専門用語」にも現れています。ここでは2つの例をあげて解説しましょう。

1つ目は「IATA(国際航空運送協会)」です。「アイアタ」と呼ぶ場合もあります。ネット検索すれば…「1945年に設立された民間航空会社の民間団体」であり、母体となったのは1919年に設立されたヨーロッパの航空会社を中心とした「国際航空協会」だったということがわかります。AZAの「ペンギン飼育マニュアル・輸送」の冒頭には、いきなり「IATAは、輸送コンテナはペンギンが直立でき、天井や側面に触れることができない広さとすべきと規定している」と出てきます。「規定している」というのは、IATAが公表している「Live Animals Regulations」(最新版は2018年1月・第44版)を基本とするいくつかのガイドラインの内容を総合的に判断するとそう解釈できる、ということです。航空機を使って動物を生きたまま運ぼうという発想は、まさに20世紀のアイデアであり、そのノウハウの蓄積や技術革新は、人類史上まだ100年に満たない未成熟なものです。とはいえ、IATAは、これまですでに44回も「生きた動物を空輸するためのマニュアル」を改定し続けていますから、この分野における先駆者であると言えます。

特に、AZAの「ペンギン飼育マニュアル」が注目し重視しているのは「crate(クレート)」についてです。クレートとは、もともとは「壊れやすいもの専用につくられた運搬・貯蔵用の木枠」のことです。IATAのマニュアルではクレートという用語は使われず「container(コンテナ)」が使われていますが、イラスト入りでその仕様や取り扱い上の留意点が詳細に解説され指定されています。AZAのマニュアルでは、イラストではなく、実物の写真(クレートの外観、底部、フォークリフトでの運搬、トラックへの収容状況、航空機内での収容状況)が掲載され、クレートの組み立てや固定方法に関する映像情報が付加されています。しかし、本稿では映像著作権の関連でこの写真をそのまま掲載できませんので、参考のイラストを独自に作成して参考にしていただきます。

AZAのマニュアルにみられる「ペンギン輸送」に関する解説のもう1つの(用語使用上の)特徴は、CITES(いわゆるワシントン条約)の「Guidelines for transport」の影響です。このガイドラインは…「The CITES Guidlines for the non-airtransport of live wild animals and plants were adopted by the Conference of the Partiesto CITES at its sixteen meeting(CoP16,Bangkok,2013)」を直接の基礎としています。この中には、輸送する動物の「一般的条件」が7つの項目に分けられて規定されています。念のために、それらの項目名(見出し)だけを以下に記しておきましょう。

1、生きた動物を輸送する際の一般的条件
2、生きた動物を輸送する際の責任体制の確立
3、輸送の意義
4、輸送準備とラベリング5、輸送の介助者
6、積み込みと積み降ろし方法
7、輸送途中の留意点

さらに、これに続いて「技術上の留意点」として、動物種別に「20項目」の細目が記載されています。ペンギンは、その第6項目に登場します。従って、ペンギンの輸送方法に関する「国際標準」を知りたい場合は、CITESのこれらの規定に眼を通しておくことが必要でしょう。

さて、いよいよ「輸送」の本文を確認していただくわけですが、最後に3点、常に意識しておきたい注意事項があります。

1つ目は、ここに紹介されている「温度データ」は、あくまでも参考数値だと考えていただきたいということです。本文にも書かれていますが、本当に大切なのは「輸送前に飼育または生息していた日常環境と季節」なのです。通年室内飼育されている極地生ペンギンでも、もしその飼育施設が気温変化の年周期を採用している場合は、それを基準に輸送時の温度設定を考えるべきです。

2つ目は、この本文内には「湿度」に関するデータが示されていません。度々強調してきましたが、このマニュアルは、あくまでも欧米の飼育環境を基礎に記されています。湿度が高い日本の飼育環境を勘案すると、日本独自のデータを収集し、「湿度環境」に関する何らかの基準を検討する必要があります。

3つ目は、「音と振動」に関する配慮です。ペンギンは「音響環境」に敏感な生きものです。長時間にわたる大音響や大きな振動、重低音などの影響を、真剣に考慮する必要があります。

【ペンギン大学 学長 上田一生


上記よりPDFにてご覧ください。
PDF文章

 

IATAは、輸送コンテナはペンギンが直立でき、天井や側面に触れることができない広さとすべきと規定している。種による適した床材を全てのクレートに敷き、怪我やオーバーヒートを防ぐ為に仕切りを設置することが推奨されるが、ペアはいっしょに収容できる。 輸送コンテナは強固で白色のプラスチックか、防水で有毒ではない素材を使用し、黒いクレートは熱を吸収しやすい為避ける。長身の種は、観察できる箇所を天井に追加することで、空気の循環にも役立つ。また、フォークリフトで移動できるようにスロットを設置すべきである。

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