まず、この章のタイトル=「 Social Environment 」とは、「ペンギン飼育における社会生態学的配慮」という意味です。野生個体群と飼育下個体群とでは、同じ種であってもその生態には、様々な違いが見られます。また、人間の目から見てどんなに「野生の生息地に似た環境」で飼育されていたとしても、ペンギンたちから見れば、全て「人工的な環境」ですし、ペンギン同士の関係も「自然に成立したもの」ではありません。
この章では、そのような前提で飼育下個体群の「群」や「ペンギン同士の関係」について考えてみた場合、特に配慮を必要とするポイントが簡潔にまとめられています。原文の順番に沿って解説していきましょう。
1 「集団構成及びサイズ」ならびに「他個体及び同種の影響」について
「集団」とは「個体群」のこと、サイズとは主に「個体数」のことです。現生の18種の内、キガシラペンギンとフィヨルドランドペンギン以外の16種は、いわゆる「集団繁殖地(コロニー)」を形成して繁殖します。ペンギンはできるだけ多数個体群を形成して飼育すべきだ・・という考え方は、すでに1950年代からありました。特に、『 International Zoo Yearbook 』等では、1950~60年代にかけて、この点が強調され、欧米の飼育施設では「基本的飼育条件」となっていきました。日本では、残念ながら、この方面への配慮が行き渡ったのは、1980年代後半以降ですので、欧米に比べてやや立ち後れていたと言えます。しかし、最近30年間で日本の状況は急速に改善され、一部に不十分な所はありますが、「同種の飼育個体群は10羽」というレベルが常識的になってきました。
「ペンギンのつがいの絆の強さ」については、これまでにかなり詳細な研究データがあるので、詳しくは『ペンギン大百科』(平凡社)等で確認して下さい。それらの野生の個体群に関するデータを見れば明らかな通り、18種のペンギンは全て「完全な一夫一妻制」ではありませんし、「つがいの絆」は永続的とは言えないことが多いのです。それは当然で、野生個体群には様々な環境変動が襲いかかりますし、たくさんの捕食者(天敵)が常にスキを狙っているからです。多数の個体が存在し、その構成が常に入れ替わる野生個体群に比べて、飼育下個体群の場合は、個体の入れ替わりが
ほとんどなく、個体数も少ないので、「つがいの絆」は当然強くなるわけです。
同性同士のつがい形成は、実は野生の個体群にも見られる現象です。特に、個体群の規模が小さかったり、若い(繁殖能力獲得以前)個体の場合、時折見かけます。アメリカのセントラルパーク動物園では、ヒゲペンギンのオス・オスペアに他のオス・メスペアが放棄した有精卵を与えたところ、無事育て上げた・・というエピソードが有名で、絵本にもなっています。
飼育下個体群では、飼育技術の進展に伴って、個体の寿命が伸び、個体群の高齢化が進みがちです。年齢構成への継続的配慮が、最近のペンギン飼育では「不可欠の条件」になってきています。
「巣立ち」とは「親離れ」のことであり、ヒナが初めて自力で泳ぐことでもあります。「孵化」から「巣立ち」までの日数や日々の体重変化は、飼育環境(主に餌の種類や量)や種によってまちまちです。野生の研究データや他の施設の先行データは存在しますが、それだけに頼るのではなく、自分の施設での細かく継続的なデータ収集と分析、データの継承が不可欠です。
多種混合飼育は、運営上、経営上、展示効果上での利点や魅力がありますが、ペンギンたちにとっては、それが様々なストレスや闘争、事故の原因にもなりますので、十分な注意と不断の観察が必要です。一般的には、体が大きい種類が、体の小さな種類を攻撃したり、餌を独占したりすることが知られています。特に、コガタペンギンは、フンボルトペンギンやケープペンギン等の中型ペンギンから、かなり頻繁かつ執拗に攻撃されケガをする可能性が高いことが観察されています。ペンギン以外の鳥類との「他種混合飼育」についても、繁殖場所の分布や繁殖周期に配慮する必要があります。特にペリカンについては、「ペンギンを驚かして食べた餌を吐き出させて自分が食べる」という生態が知られていますので、注意が必要です。
2 導入と再導入について
この部分の記述は、全体に「一般論」だと考えて、参考にすべきだと思います。ただし、「人工育雛されたフンボルトペンギン属の導入」については、やや細かく記述されていますので、余裕があれば、慎重に試みてはいかがでしょうか?ただし、全ての種類において、野生個体群には様々な個体間、つがい間の関係があります。特に、攻撃的、敵対的行動には、十分な観察と注意深い対応が必要です。例えば、「巣場所」や「巣穴」の争奪は、野生個体群では日常茶飯事ですし、飼育下個体群でも頻繁に見られます。飼育下個体群の特性は、簡単に個体群構成を変化させたり、飼育環境を大規模に改変したりできないことです。中でも、「逃げ場がない」ということは、攻撃される個体や比較的脆弱な個体にとっては決定的で致命的な問題となりますので、十分な注意と不断の観察が、ここでは最も重要だと言えるでしょう。
【ペンギン大学 学長 上田一生】
集団の構成及びサイズは動物の社会的、身体的、心理的福祉を満たし、種に適した行動を促す為に熟慮されるべきである。ペンギンは社会性があり、コロニーで繁殖する。同種による刺激が、動物園・水族館での繁殖の成功には不可欠であるという報告もある (Berger, 1981)。また、動物園・水族館のペンギンのコロニーが小さいと繁殖しにくくなるとも言われている (Boersma, 1991)。同種で最低3ペアの集団での飼育が推奨される (Gailey-Phipps, 1978)。